YAGレーザーとは何ですか?
―Nd:YAG・Er:YAGの波長特性と美容医療への応用
YAGレーザーは “万能型レーザー” とも呼ばれ、しみ・ニキビ・赤ら顔・毛穴・たるみ・ニキビ跡 など幅広い皮膚トラブルをカバーできるのが強みです。
YAGレーザーとは
YAGレーザー(Yttrium-Aluminum-Garnet Laser) は、イットリウム・アルミニウム・ガーネット結晶を媒質に用いる固体レーザーの総称です。
結晶に希土類イオンを微量添加(ドーピング)することで発振波長が決まり、定番は Nd:YAG(ネオジム添加)と Er:YAG(エルビウム添加)の 2 系統。
医療から産業まで半世紀以上にわたり改良が続けられています。
開発の経緯
1964 年、米ベル研究所の J. E. Geusic らが Nd:YAG レーザー発振に成功。
以降 “実用的な固体レーザー” の先駆けとして急速に普及し、現在では医科・歯科・美容外科・製造業などで不可欠の光源となりました。
結晶構造と発振メカニズム
- Nd:YAG 1064 nm … 近赤外。熱が皮膚 3–5 mm に届き、血管や脂腺・真皮コラーゲンへ作用。
- Er:YAG 2940 nm … 水分吸収が極大。表皮~真皮浅層を 1–5 µm 単位で蒸散し、肌質をリセット。
- 周波数 2 倍化で 532 nm(KTP 光)も生成でき、表在性色素斑に有効。
- 発振モード:連続波・ロングパルス・Q スイッチ(ナノ秒)・ピコ秒 など。
Nd:YAGレーザーの特徴
- 深達性が高いため肝斑・赤ら顔・たるみ治療に活躍。
- パルス幅を変えることでニキビ・毛穴・刺青除去まで幅広く対応。
- 産業用途では金属切断・溶接・3D プリントに使用。
Er:YAGレーザーの特徴
- 表面を繊細に蒸散し、ニキビ跡や小じわをリサーフェシング。
- 熱影響域が狭く、色素沈着や瘢痕リスクを低減。
- 歯科ではドリル代替として“削る・洗う”処置に応用。
Nd:YAG と Er:YAG の使い分け
イメージとしては、
- Nd:YAG は「深く温めて整える」。
- Er:YAG は「表面を削って再生させる」。
Nd:YAG 1064 nm … 赤ら顔・肝斑・たるみ・炎症性ニキビなど深部治療向け
Er:YAG 2940 nm … ニキビ跡・毛穴・小じわ・肌質改善など表層リサーフェシング向け
医療現場で重宝される理由
- 波長バリエーションが豊富で、多彩な症例に対応。
- パルス幅・照射モードを調整して、熱ダメージを精密制御。
- 半世紀以上の臨床実績で、安全性とエビデンスが豊富。
まとめ
YAGレーザーは “多機能プラットフォーム” として、美容皮膚科では Nd:YAG と Er:YAG を状況に応じて単独または組み合わせて使用します。
深部の熱刺激と表層の蒸散再生をバランス良く使い分けることが可能となります。
シミ・ニキビ・毛穴・たるみといった、幅広い肌悩みを最適なダウンタイムで改善できる点が最大の魅力です。
仕組みと発振モードをもう少し深く
ここでは物理学的な仕組みから最新の臨床研究、当院の具体的なプロトコルまで深掘りしてご紹介します。
YAG結晶はレーザー媒質として優秀で、以下の通りドーピング元素とパルス幅を変えることで照射ターゲットを自在に変化させられます。
- Nd:YAG 1064 nm ―
熱緩和時間が長くヘモグロビンとメラニンへの吸収が穏やか。中空照射で真皮深部約3–5 mmまで温度上昇が到達し、コラーゲン線維のリモデリングを誘導。 - Nd:YAG 1320 nm ―
皮脂腺の比吸収が最も高い領域。650 μsマイクロパルスモードを用いると、炎症性ニキビ病変を熱破壊し再発率を大幅に低減します。 - 532 nm(KTP変換) ―
メラニン選択性が強く表在性色素斑やそばかすに有効。 - Er:YAG 2940 nm ―
水分吸収係数がCO2レーザーの約10倍。アブレーティブ or フラクショナル照射により 蒸散 + 熱変性 を最小の熱損傷域でコントロール。
さらにパルス幅をピコ秒→ナノ秒(Qスイッチ)→マイクロ秒と変化させることで、光音響破壊/光熱効果/選択的加熱のバランスを最適化できる点も大きな利点です。
波長別・当院での具体的な治療適応
パルス幅の変更によって、レーザーの効果は変化します。
波長 / モード | 主な適応症 | 使用機器 |
---|---|---|
1064 nm (ロングパルス) |
肝斑・毛細血管拡張・赤ら顔 | Fotona SP Dynamis |
1064 nm (650 μsマイクロパルス) |
炎症性ニキビ / 毛穴縮小 | Fotona SP Dynamis |
PICO 1064/532 nm | シミ・刺青・くすみ・ADM | PQX ピコレーザー |
Er:YAG 2940 nm (フラクショナル) |
ニキビ跡・毛穴・小じわ | Fotona SP Dynamis (erbium mode) |
臨床研究が示す Nd:YAG / Er:YAG の優位性
- ニキビ治療における650 μs Nd:YAG
2024年の前向き研究では中等度~重度の顔面ニキビ患者58名に3回照射し、12週時点の総皮疹数が平均58%減少。DPASスコアの有意改善と副作用ゼロを報告しています。 - エルビウムYAG vs TCAピーリング
2023年RCT(N = 30)では、atrophic acne scar に対し フラクショナルEr:YAG が 20%TCA と同等以上の表皮平坦化を達成し、色素沈着リスクは有意に低い結果。 - PICO Nd:YAG × Er:YAG の複合療法
2024年の比較試験では、PICO 1064 nm MLA とアブレーティブ Er:YAG を交互に行うことで、単独治療より 7ポイント高い scar-global-score 改善 が得られました。
ソララクリニックでの診療フロー
- 医師によるカウンセリング –
既往歴・内服薬・日焼けレベルを確認。各種肌画像診断装置で肌状態を評価し説明。ご相談の上治療法・機器を選択。適切な波長とパルス幅を選択。 - 施術当日
VISIAによる撮影 → 肌状態の確認→ レーザー照射 → 冷却+肌再生成分の導入。 - アフターケア
保湿+日焼け対策の徹底。レチノイド・各種ピーリング外用は休止を推奨。 - 経過診察
肌状態の診察、迅速に対応を行なう。
安全性と副作用
Nd:YAGはメラニン吸収が弱いため 色黒肌でも比較的安全 とされていますが、エネルギー設定を誤ると、稀に熱傷に伴う炎症後色素沈着や陥凹変形が起こります。
Er:YAGは水吸収が強くダウンタイムは短い傾向です。しかし、照射密度が高すぎると紅斑が長引く恐れがあります。
当院では、フラクショナルレーザーの照射密度を調整しつつ、パルス幅を可変させることで、熱影響と肌の置換を両立させ、ダウンタイムの軽減と、安全性を高めています。
FAQ
YAGレーザーについてのよくある質問。
Q. Nd:YAGは脱毛にも使われますか?
A. 1064 nmは深部毛包に到達できるため男性濃いヒゲにも効果がありますが、当院では現在行なっておりません。
Q. レーザー前に内服を中止すべき薬は?
A. イソトレチノイン服用中は、原則レーザー治療を控えていただきます。
Q. レーザー後にメイクはいつから可能?
A. 治療法によりますが、Nd:YAGは、基本的に当日からメイクが可能です。Er:YAGフラクショナルレーザーは、1日開けていただくことを推奨します。
他のレーザーとの比較 早見表
レーザー | 波長 | 主な吸収ターゲット | 代表的適応 | ダウンタイム |
---|---|---|---|---|
Nd:YAG | 1064/1320 nm | ヘモグロビン・メラニン(弱) | 赤ら顔・深在色素・たるみ | ごくわずか |
Er:YAG | 2940 nm | 水(極大) | 肌質改善・ニキビ跡 | 1–5日 |
ルビー | 694 nm | メラニン(強) | シミ・雀斑・ADM | 1–2週間 (フルビーム) 1~3日 (フラクショナル) |
CO2 | 10,600 nm | 水 | 深いシワ・ニキビ跡 | 7–10日 |
院長からのメッセージ
当院では「カウンセリング当日の即日施術は原則行わない」ポリシーを徹底しています。
レーザー治療は波長選択と適切なエネルギー設定が命。
まずは診断とプラン設計を行い、十分ご検討いただければと思います。
“肌質を根本から変えたい” とお考えの方は、ぜひ一度お気軽にご相談ください。
参考文献・エビデンス
650ミリ秒1064 nm Nd:YAGレーザーによる尋常性ざ瘡(軽度~重度)の治療:後ろ向き研究
原題:Treatment of Acne Vulgaris With a 650-ms, 1064-nm Nd:YAG Laser: A Retrospective Study
要約: 顔面ニキビ患者225例を平均3回照射。6か月後のクリアランス率48%、IGA中央値1.0まで改善。副作用は軽度の乾燥と一過性フレアのみで、Fitzpatrick I–VI 全肌タイプに安全性を確認。
出典: Journal of Cosmetic Dermatology 24(2):e16711, 2025. PMID 39663902/DOI 10.1111/jocd.16711
萎縮性ニキビ瘢痕に対するフラクショナルEr:YAGレーザーと20 % TCAピーリングの比較試験
原題: Fractional Erbium YAG Laser Resurfacing Versus 20 % Trichloroacetic Acid Chemical Peeling in the Treatment of Acne Scars: A Comparative Study
要約: 無作為化比較試験(n = 50)。12週後のGoodman & Baron定量スコア減少率はEr:YAG 21.7 %、TCA 21.0 %で同等。Er:YAGは改善の立ち上がりが速く、TCAは低コストが利点。副作用は両群とも紅斑・PIHが少数例。
出典: Journal of Cutaneous and Aesthetic Surgery 16(4):319-324, 2023. DOI 10.4103/JCAS.JCAS_5_23
アジア人萎縮性ニキビ瘢痕に対するピコ秒1064 nm Nd:YAG(MLA)とアブレーティブ2940 nm Er:YAGフラクショナルの比較:20週前向きスプリットフェイス試験
原題: Comparison of 1064-nm Nd:YAG Picosecond Laser Using Fractional Micro-Lens Array vs. Ablative Fractional 2940-nm Er:YAG Laser for the Treatment of Atrophic Acne Scar in Asians: A 20-Week Prospective, Randomized, Split-Face, Controlled Pilot Study
要約: 31例が両側顔面に4回照射。ECCAスコア減少率はNd:YAG 39.1 %、Er:YAG 43.7 %で差なし。Nd:YAG側は痛み・PIH・ダウンタイムが有意に少なく、Er:YAG側はわずかに高い患者満足度。両デバイスとも安全かつ高い瘢痕改善効果。
出典: Frontiers in Medicine 10:1248831, 2023. PMID 38034535/DOI 10.3389/fmed.2023.1248831